理念
へっへっへ…。
百花繚乱編 第2章とデカグラマトン編 第2〜3章と
過ぎ去りし刻のオラトリオを見たぜ…。
(厳密に言うとイベントストーリーも見たけど)
時系列的にデカグラマトン編 第2章を
オラトリオまでに見たほうがいいと
wikiの時系列順を参考に見てたけど
出てきたスチル的に以降のストーリーで
これといった言及がなければ
「デカグラマトン編 第2〜3章」と
鋼鉄大陸攻略戦などの関連ストーリーは
「百花繚乱編 第1章」と「百花繚乱編 第2章」前
の間で起きたって感じなのでwikiのやつは
なんで「オラトリオまでに読めばいい」
とか書いてあんだよと思ってる。
おかげで違和感が出てしまった…。
「百花繚乱編 第2章」は
読んでて確信したけど前回に引き続き
ユング心理学の「ペルソナとシャドウ」が
完全にテーマになってる感じだった。
最終編のもそうだと思ってたものの
あれはその要素も多分ないわけではないけど
もっと別の要素が使われていたんだと
今となっては思うようになった。
(実存主義とか自己超越とかそういうの)
ちなみにワイトが面白くて気に入ったのは
朽木修羅デザインの「最強一角ライオン」です。
それにVol.2はミレニアムに関するテーマだから
デカグラマトン編とテーマが地続きに
なってるようなのは確認できてる。
ちなみにオラトリオを読んで
新たに加えたテーマは以下の通り。
Vol.1 約束(契約・夢)
Vol.2 存在(科学・生命)
Vol.3 信頼(宗教・和解)
Vol.4 志(信念・政治)
Vol.5 継承(伝統・再起)
Vol.6 脱却(成長・清算)
百花繚乱編とかオラトリオの
ストーリーを見てて思ったのは
その辺の人の哲学的()な話を見聞きするなら
ブルアカのストーリー読んでるほうが
圧倒的に有意義だと思うレベル。
過ぎ去りし刻のオラトリオでは
「恵まれた環境に最初からいた人は
最悪な環境で育った人のことは考えない」
みたいなよくある話に深く
切り込んでいて面白かったよ。
特にすごいと感じたのは
「希望を抱くことが、罪とされる世界がある。」
「幸せになりたいと願う子どもが、罰を受ける世界がある。」
これに関しては解像度が高すぎて
素晴らしいとさえ思った。
恵まれた環境に生まれておきながら
「自分は不幸だ」と自己憐憫に溺れてからの
自己陶酔に浸る人間は大量にいるので…。
現実にも「マタイ効果」というものがあって
恵まれた環境にいる人は
さらに与えられ恵まれていく、
悪い環境にいる人は巡るはずの
機会すらまともに巡ってこず、
下手するとさらに悪くなっていく。
っていう感じの現象のこと。
「努力さえすれば環境なんて関係無い」
という愚鈍なアホに共通する特徴といえば
自分が恵まれた環境で生まれ
育ったという自覚が無い者ほど
強い力を持った誰かや何かの
庇護下にいるという状態がほとんどで
「環境が整ってないと何をやっても基本ダメ」
とわかってる人の特徴で共通してるのは
例えば何らかの事業の成功者とかは
善意にしろ打算にしろ学校や何かしらの
養成施設を作ったりするし
最近の芸能系の会社や事務所は
タレントの成長のために
環境を整えることをしてるはずなので
どちらの主張がおかしいかは
一目瞭然だと思ってる。
まぁそれを解決するためのヒント、
もしくはいくつもあるであろう
解釈のうちの一つは前述のテーマの通りだけど。
個人的に一番好きなのは
アリウススクワッドのみんなが
だんだん良い方向に成長していってることよな。
ミサキは以前、いわゆる自殺するために
色々な方法を試してたようだけど
とりあえず生きる方向で考えるようになって
ヒヨリは自虐的ではあるものの
図々しい部分が出るとはいえ頼ることが
できるようになってきてて
アツコは趣味が増えてきてるようで
花を育てるとか写真を撮るとか
芸術方面のほうにだんだん進んできてて
一番変化が多く大きいであろうサオリは
それまでは他の事に興味を持つ
余裕すら無かったのが、
仕事でドレスを着る機会が
あったのをきっかけに化粧などの
おしゃれ意識が芽生えたり、
DJをやる機会がきっかけで
他にもできることを発見できたり、
アリウス分校の新しい事を考える話の際には
「制服を……作ってもいいんじゃないか……と」
「可愛くて、お洒落だったら……いいなって……。」
と言えるほど他の事に興味関心を
持てるようになってきたところ。
みんなどうにか幸せになっておくれ…😭
それはそれとして俺が一番好きなのはヒナだが。
少し前のブルアカのテーマを
調べる際に書いてた内容の中で
ああやって書いてるうちに
好きなものについて気づいたことが
いくつかあるんだけど
まずまどマギに関しては
「眼鏡ほむらが好きなだけで
まどマギ自体は別にそんな好きじゃない」
ということに気づいて因果関係が
①元々は遊戯王5D'sとのMADきっかけなので
まどマギ単体は正直そこまでではない。
②眼鏡ほむらの公式供給は
まどマギ系列の作品のみなので
そのためにまどマギを安定させる必要がある。
って感じでやってたんだなと
以前整理してる際に思ったのである。
フルコース(仮)入りする作品の基準や条件は
「見終わってから1〜2週間以上余韻が残る」
っていうのがあるので
ひぐらし業卒が近いだけで入らなかったのは
そこまで長く余韻が続かなかったというのがある。
まぁ業卒の場合はなんというか
視聴層が難解(というほどでもないはず)な
描写や考えを理解できないからって
ありもしない勝手なことを言い出す
みたいなのが多すぎたのもあり
自称ひぐらし好きの反応で一番多かったのは
「自分の中にある美化したイメージ」が
好きなだけでキャラのことは見てない様子だったし…。
他だと最近のサロメ嬢に関しては
飽きたとか興味を失ったというより
「合わなくなった」が正しい。
ざっくり言えば「ペルソナの割合が
6割以上になってしまった」って感じ。
(他Vの話をする頻度もさらに増えたし)
酔いどれ配信の時が素っぽくて
めちゃくちゃ面白かったし
FCでならとかよく言われてるけど
「普段からああいうので見たい」なので
認識がものすごくズレてるんだよな。
他には最近TLに表示されることが
かなり減ったなと思ったら
投稿にミュートワードが入ってたり
ミュートかブロックしてるアカウントを
引用してる事が多くなった、というのもある。
まぁ本人の立場を考えると
そうなってしまうのも
仕方がないと言えば仕方ないけど。
3年以上やってるとなると
色々と難しく融通が効かない部分も
初期とは比べ物にならないほど増えてるだろうし。
逆にそうならなかったら真の意味で
「社会性が無かった」
ってことになってしまうしね。
それに俺がサロメ嬢を褒めなくなったのは
褒められたり良い事があったりなどで
気分が高揚して調子に乗り出すと
「冷笑イキり陰キャオタク」みたいな
ムーヴをし始めるのが原因ですしおすし。
具体的にはコードギアスの同時視聴で
ルルーシュに対する独断と偏見が
めちゃくちゃ強かったりや
静岡fでのネットに溢れてる創作用の設定を
真に受けた価値観を語ったりとかそういうの。
個人的な私怨も突っ込むと
ジークアクスの時の話で情報を断片的に
見ただけで語るあれは一番嫌いなムーヴだった。
特にギアスの作品に関しては
本人はまったく気づいてなかったけど
チャット欄の一定数の人たちが
「内心キレそうだけど新鮮な反応や感想が
見たいか何かという理由で我慢してる」
っていう状態だったのはおそらく
一生気づかないんじゃない?と思ってる。
そういう人たちのチャットを見てて
「うわ〜…すげぇ〜…偉い大人な対応〜…」
って思ってた(俺は無理だったので)
調子に乗ってイキり始めるにも
良い方向になら特に文句は無いのに
なぜか必ず冷笑イキり陰キャオタクみたいな
方向にしか行かないからなんでなんやと思ってる…。
本当に余計なムーヴさえしなければ
それだけでいいはずなんだけど…。
フォロワー数や登録者数に関しては
単純に「入れ替わってるだけ(濃縮)」の
可能性が高いので心配する部分は特に無いし
実力が無いわけではないのは
普通にすごいと思う。
(実力が無いなら減り続けるはずなので)
俺は合わない感じが強くなったので
それが緩和されるまで面白そうなのだけ
というスタイルに当分なりそうだけど。
あとブルアカにハマって以降
改善と言っていいのかはわからんけど
画面を見る時間が明らかに以前より
少し減ったのですげぇ…!となってる。
以前からストレスの発散として
ずっと泣きたかったけど
涙が出るどころか滲むことすら無かったので
ブルアカのおかげで10年以上ぶりに
少しだけだけど泣けてすっきりしたので
ストレスが緩和したのはマジでありそう。
「夕映えの約束」は聴いただけで
記憶が呼び起こされて泣きそうになるので
そういう意味ではあんまり聴きたくない()
今やってるイベントではなんで
鋼鉄大陸を広げようとしているのかを
マルクトでも理由を知らされていないと
判明したのでその辺が気になってる。
実存主義や運命論の要素もありそうだけど
細かく書くのはイベントが完全に
終わってからにしようと考えてるし
ストーリーがすべて開放されて
見終わったらそうするつもりである。
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